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■007. 祈りの言葉
世の中に顔の可愛い男はいっぱいいるけど、健くんほど全てがかわいい男は、俺は見たことがないし、これからも見ないと思う。それくらいかわいい。言動も面白いし、見ていて飽きないし、健くんを見てると自然と顔が綻ぶ。
でも、健くんは男だ。
俺がそう言うと健くんはちょっと寂しそうな顔をするけど、これは変えられない事実であることは間違いない。俺には男として家庭を持って支えていくという、昔からずっと考えてきた使命がある以上、この関係をずっと続けるということはできない。「ずっと一緒に居よう」なんて嘘は口が裂けても言えない。どんなにかわいくても、健くんは男だ。ごめんね健くん。でも、今この瞬間だけは、世界で一番、誰よりも健くんのことを愛してるよ。
「お前なんで泣きそうな顔してんの?」
「え?」
「鼻赤いよ」
健くんは馬鹿にしたように笑って、俺の隣に座った。そして、そっと身を寄せてくる。
「お前が言えないなら、俺が言う。ずっと一緒に居てね…」
そう言って健くんは目を閉じた。返事を見ないように、下を向いて。
■014. 心臓
※ちょっとグロ注意
吸血鬼は銀の武器でないと傷をつけられない、とたまたま立ち読んだ本に書いてあった。それを確かめるため、俺は宝飾品店に向かうと、シルバーのピアスを一つ買った。しがない大学院生の俺には、痛い出費だ。でもこれでないと傷つけられない。
「ただいまー」
家に帰り、俺は荷物を置いてすぐベッドに向かう。ベッドの上には、男が寝ころんでいた。よく眠っているのを確認すると、俺はキッチンから包丁を持って来た。よく切れるとは言い難いが、先は十分に尖っている。刺す分には申し分ない。
俺は男の手を取ると、手首をしっかりベッドに押さえつけ、空いた片手で包丁を握った。そして、一気に振りかざす。
「っあぁ…ッ!」
手のひらは、意外に柔らかいようだ。男が叫び声をあげて、身を縮ませた。
「おはよ、健くん。目が覚めた?」
「お前…っ、いきなりっ、何す…っ!!」
「吸血鬼は銀でしか傷つけられないって聞いたもんだから」
こんな包丁では、傷つかないんじゃないかと思って。顔を思いきりしかめ、痛みに歯を食いしばっている健くんの顔を見ながら、包丁を更に強く押し付けた。
「うああ…っ!ぃ痛いっ、やめろ!!ああっ!」
みるみるうちに、ベッドのシーツが真っ赤に染まっていく。健くんはもう息も絶え絶えで、額に脂汗を滲ませながらはぁはぁ、と悶えていた。
それはまるでセックスの時と同じだ。手首を固定する俺の腕に食らいつくように爪を立てている。
健くんの手のひらに滲んだ血を、ぺろりと舐めとる。少ししょっぱい、ただの血だ。吸血鬼の血は、人間の血とは違うのかもしれない。だが、比べたことがないのでわからなかった。
「健くん、痛い?」
「い…っ、痛い!痛い痛い痛い!!!」
痛いだって、おかしいな。
俺は健くんの手を刺し貫いている包丁を掴む。柄から、刃へ。指をスライドさせると、冷たい金属の感触がした。
やっぱり。やっぱりまだダメなの?
もう何年も一緒にいるのに。
健くんはまだ俺のものじゃないの?
俺は買ってきた銀のピアスをポケットから取り出すと、その尖った先端を舐めた。舌に突き刺すと、ピリッと刺激が走る。これが痛いということなのか。口の中に、甘い味わい。
「健くん、今度こそ」
「ああ、あ…や、やめろ…っ」
「俺のものになってね」
ピアスの先端を、健くんの薄い耳たぶにあてがう。健くんは目に涙を浮かべて、じっと動かない。つっと、頬に涙が伝った。俺は一気に、耳たぶを刺し貫いた。
「うあっ…ッ!!!」
じわ、と耳たぶから血が流れる。俺はそれを丁寧に舐め取った。口の中に広がる甘い味に満足して、俺はぎゅっと健くんを抱き締めた。
■022. 怒ってばかり
「ちょおっ…健くん重いって!」
岡田にぐいっと肩を押されて、そこで初めて俺が今寄りかかっているものが人間だと気がついた。あーこれ岡田の背中だったのね。通りであったかいと思った。
「顔真っ赤だよ。大丈夫?」
それにしてもあつい。頭ん中ぼーっとする。周りが酒臭いから気づいてなかったけど、俺今たぶんちょー酔っ払ってるんだと思う。体の中から暑いし、ぼんやりするし…あれ俺、同じこと言ってる?
「健くん!ちょっと、大丈夫なの?」
大丈夫大丈夫。眠いだけー。だって頭ぼんやりするしさー、あったかいしさー、…お前のにおいするしさ…。
「ったく、相当飲んだな?」
え?あ、うん。でもちょっとだよ?そこの梅酒ちょっと飲んだだけ。
「いのっち!健くんの側に置かんで!」
「ちげぇよ!こいつが奪ってったの!」
「もー、ほんと自由人やな…」
だってー。井ノ原くんが美味しそうに飲んでるから、美味しいのかなって思って。だって俺長野くんの座狙ってるからさ!美味しいものは試さないと損じゃん!
「健くんだからおーもーいーっ!抱きつくな!暑い!」
ん〜…岡田ほんといい枕…。ちょっと煙草臭いけど、岡田のにおいって感じ。あ、意識したらムラムラしてきた…。おかだぁ。
「ちょっ、ちょっ!健くん!ここではまずいって…!」
え?ここってなぁにぃ〜???
健くんが膝の上に体を乗せてきたかと思うと、シャツを捲り上げて脇腹を舐めてきたもんだから、俺は慌てて健くんを引き剥がした。きょとんとする健くんを立ち上がらせて、部屋を出る。良かった。隅の席に座っててほんと良かった。幸い遠くの席でスタッフが笑いを取った瞬間だったので、目撃者は目の前に座っていたいのっちだけだと思われる。ごめん、そしてありがとういのっち。
健くんは俺の方に寄りかかって、じっとしている。寝てるのかもしれない。酔っ払った健くんは、吐きこそしないから楽だけど、突飛な行動をするのが怖い。
部屋の熱気に比べたら、廊下の冷たさと静かさが体に気持ち良い。やっぱり酒の席というのはあんまり得意じゃないなー、と思った。
「健くんどうする?うち帰る?」
「ん〜…やだ…」
「ちょっ、ちょっ!ここ廊下!」
ぐりぐりっと額を肩に擦りつけてきたかと思ったら、柔らかい唇が首に触れてきたので、俺は慌てて健くんを引き剥がした。ほんのりと頬を上気させて、熱っぽいうるんだ瞳を惜しげもなく俺に向けてくる健くんは、もうほんと一瞬くらっとするほどエロい。赤く濡れた唇も、や、やばい。
「帰るん?戻る?どっち?」
「ん〜〜」
「どっちだよ!ちゃんと言えって!」
ぐずる健くんを支えていたし、少しの罪悪感と焦りから、俺はちょっと声を荒げてしまった。
すると健くんは、いきなりきゅっと俺の袖を両手で掴んだかと思うと、マジで「くすん」と鼻を啜った。そして、目を涙でキラキラさせながら、俺を見上げてきた。
「おかだ…さっきから怒ってばっかり…」
と……………………飛び道具!!!!!!
それから俺は健くんをそこに座らせて、ダッシュで宴会部屋まで戻ると、俺と健くんの荷物をかっさらってまたダッシュで戻ってきた。もうみんな酔っ払っていたし、たぶん落ちた人からポツポツと帰り始めるに違いない。だから俺達がいなくなったって大丈夫だ。たぶんいのっちが何か言ってくれるだろうし。思考が短絡的なのは、たぶん俺も相当酔っ払っているからだろう。
健くんを抱きつかせたまま、俺はタクシーを拾って飛び乗った。運転手は一瞬ぎょっとしたようだが、漂うアルコール臭にすぐに状況を察知して、「ゴミ袋ありますから」と言ってきた。大丈夫です。それより早く車出して!!!!
■046. 苛立ち
はっきり言って俺はかわいい。
素直じゃないけど可愛げはあると思うし、あいつに頼り切りにならない強さもあるし、そして何より顔がかわいい。正直、あいつに近づいてせこせこ尽くしている女の九割には容姿の時点で勝つ自信がある。
そんな風に思うのに、いざ岡田の前に来ると、強く出れない俺がいる。
今日だってそうだ。いきなり電話がかかってきたかと思えば、「今から行く」だと。もう真夜中だけど今から来て何すんの?アラサーの男が2人っきりで夜中に何すんの?俺酒飲めないし、岡田の愚痴なんて聞く気はないよ?ゲーム?映画?それとも恋バナ?そんな風に思いつつ風呂を沸かしている俺は、健気過ぎて泣けてくる。付き合い始めてからわかったんだけど、温厚そうな岡田は実は自分勝手ワガママ男で、自分勝手とよく言われてきた俺が実は世話焼き気質だった。そのことに気づいてからもう何年経ったかわからないが、今でも俺は『そんなバカな』って思ってる。まさに今も。
岡田の家から車で15分。適当にシャワー浴びて10分経つし、ベッド周りを片付けて5分くらいだ。時間が足りない。「はぁ?ふざけんな眠いからやだ」と言うつもりが「え…べ、別にいいけど」。絶対おかしい。俺は岡田には勿体無いくらいかわいいのに。
シャワーを浴びてから、急いでベッドルームにかけてあった新しい服とかベルトとかを片付けた。そして一応リビングにテーブルを出しておく。岡田が以前置いていったウイスキーもあることを確認する。コップとか氷とかもすぐ出せるようにしておく。あと何かあったかな…あ、そうそう。念のために岡田の着替えも用意しておく。俺は妻かってーの。あ、どっちかっていうと愛人か?
こんなことするからあいつは余計につけあがるんだ。でも、わかっちゃいるけど辞められないのが恋心ってもんだ。岡田が俺に対してこんな風に思ってるかわかんないけど、少なくとも俺は岡田が好きだし嫌われたくないし、正直エッチだってしたい。たぶん岡田には一番最後のエッチしたいって思いはあるはずだ。だってアラサーの男二人が深夜に会って、酒も飲まずゲームもせず恋バナもせず、やることといったらそのくらいでしょ?
そうこうしているうちに玄関からガチャガチャと鍵を開ける音がした。俺は立ち上がって玄関まで出迎える。ガチャッとドアが開いた。岡田は戸口に立っていた俺に気付くと、「お」と言ってちょっと仰け反った。岡田の右手にはコンビニの袋が下がっていた。
「びっくりしたー」
「なんでよ」
「だってそこに居ると思わなかったから。あ、健くん風呂上がり?また髪乾かさないで」
「お前、突然何よ。なんの用?」
そう言うと、岡田はちょっとはにかんで視線を下げる。
「ん〜…健くんに会いたいなって。泊めてよ」
なにそのぶりっこ。お前がやってもかわいくないぞ!…って思うんだけど、俺もつい下を向いて、少し唇を尖らせて、
「べ、別にいいけど」
あー俺また同じこと言ってる!
「あがっていい?お邪魔しまーす」
岡田を通し、またドアに鍵をかけた。岡田は靴を脱いで、俺のことを待っている。
「髪乾かさないと風邪引くよ」
「うっさいなー、わかってるよ」
「なに?何で今日ご機嫌ナナメなの?」
岡田はニヤニヤ笑って、俺の濡れたままの髪の毛を少しつまんだ。あーどうしよう。なんで岡田はいちいち動作がかっこいいんだろう。顔は変態なのに。止めて欲しい。俺もなんでいちいちつっかかってんだよ!
「別に機嫌悪くないし」
「ふ〜ん」
信じてないな。むかつく。
「はいタオル取って。拭いてあげるから」
岡田は俺の肩を掴むと、洗面所に俺を向かわせた。俺は渋々バスタオルを取って、リビングに戻る。俺の家のリビングにはソファーが無い。地べたにラグをひいただけのそこに、岡田が俺を座らせた。上からバサッとタオルをかけられて、俺は大人しく身を縮める。
「健くん頭小さいな〜。片手で掴めそう」
そんなことを言いながら、岡田は俺の髪の毛をゴシゴシ拭いている。俺は黙ったままそれを受け入れている。少し唇を尖らせて。
「俺もシャワー借りていい?」
「またぁ?」
「いい?」
「…着替え置いてあるから、さっさと入れば」
そう言うと、岡田がピタリと手を止めた。そのままじっと動かないので、不思議に思って後ろを振り向く。タオルが邪魔で岡田の顔が見えない。
「わっ」
いきなりゴシゴシが再開して、俺は大きく肩をすくめた。
見えたのは、岡田の赤い胸元だけだった。
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